mao1938’s diary

徒然なるままに・・・(略)・・・あれこれ述べる。Twitterは@mao1938

ガルパンみた(TV版)

普通に面白かった。感想いくつか。

(1)角谷杏について

戦車道を強引に進めるのには廃校阻止という目的があったわけだが、"愛校心"一般ではなく、もともとの生徒会仲良し組の既得権益維持が基本的モチベーションだと思った(西住みほに言えなかったシーンの後、思い出回想とか)。前半をみているときはもっと深刻な事情(角谷の個人的、例えば親との関係がからんで)があるのではないか、と緊張してしまったがよい意味で裏切られた。この裏切られた予想は、まどマギの佐倉杏子を連想させるというのもあるかもしれない。

何が言いたいかというと個人的には"強気な性格"女子キャラの、その性格の"原因"に親子関係とかをぶち込むのは苦手(もちろん作品のなかでの位置はそれぞれであるが)なのでここは良かった。この点は、『かみちゅ』の三枝祀で後半にそれが若干でたときの違和感から時々思うことがある。

だから冷泉麻子は新鮮に感じた。

(2)ミリタリーカルチャーや共産趣味

ミリタリーカルチャー(大雑把)にはあまり関心が湧かなかったのだが少し興味を抱いた。そのため作中の小ネタを楽しむということはできなかった(そもそも小ネタがあるともあまり思わなかったレベル)。今後は幼女戦記とか艦これあたりにも目を通してみたい。

あと、ガルパンをみた知人がプラウダ高校のところあたりのノリで"共産趣味"っぽいこと言っていたので、この作品が原因か結果かはともかく、共産趣味文化もわりとメジャーなのかもしれないと思った。日常会話にソ連風(スターリンや「社会主義」官僚風?)用語まぜる、あるいはその他"雰囲気"を楽しむというのがどの程度広まっているかはわからんが、まああってもおかしくないだろうし、それ自体は「危険」ではない。

(3)その他

それぞれのキャラクターが戦車道一辺倒になるのではなく、またうまく表現できないが抽象的な人間的成長やら恋愛に着地せず、違う道も真剣に取り組み成長していくのは単純によいものだな、と感じた。私は秋山ゆかりが好き。

それから知人が、西住みほ=毛沢東説を出していたがこれは間違い。退却や攻勢の弁証法を指していたのだと思うが、大洗女学園以外チームもやってたのではないか(可能性としても)。またそのような、抽象的図式を一面的に取り出して過度に強調するのは俗流的な、非-弁証法的な考えではないだろうか?三浦つとむの今村太平批判を想起すべきだ(たしか『芸術とはどういうものか』)。