mao1938’s diary

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『日本階級運動の現段階』(小山弘健)

☆小山弘健『日本階級運動の現段階』(現代史研究所/1970)

➡内容
一、戦闘的左翼統一への課題
二、死して生きる社会党の遺産 ※八木静一との共同執筆
三、日本共産党の体質変化
四、戦闘的左翼各派における総括と展望ー七〇年~七〇年代闘争を迎えてー
五、現代革命と日本革命ー書評集ー
(A)黒田寛一『日本の反スターリン主義運動 2』
(B)滝村隆一『革命とコンミューン』
(C)太田竜『日本革命の根本問題』
(D)宍戸寛『人民戦争論
(E)竹内静子『戦後民主主義への告発』
<付録>
座談会・先進国階級運動はなにをめざすか(海原峻、久能昭、小山)
あとがき

 

1969.2~1970.2頃に『現代の眼』『経済構造』『現代社会主義』(現代社会主義研究協会)『図書新聞』『日本読書新聞』掲載の文収録。統一戦線の課題や”広義労働者”、反戦青年委などの問題中心に言及(前に読んだ『反安保の論理と行動』とも重なるか)。

 

その他いくつか引用・メモ

二から。戦後型「平和と民主主義」担い手・民同型労働運動への密着により革新首座たりえていたが(理念と日常の分離からくる「疑似革命政党」だが。協会派や構改論はその差を埋めようとしたといえる。)主客面で限界。貴重な財産の一つとして政治的修練もふくむ組合運動の堅持という点。

「もともと日韓会談の時期に社会党・総評・社青同三者反戦青年委運動をおこしたのは、動員指令による統制デモではとうていするどい反独占政治闘争を組織しえない、という問題意識から発していた」「いいかえれば、組合運動のカバーしきれない「反戦」「反安保」「反帝」といった課題を、社会党・総評が運動の場を提供するという保証のもとに、青年労働者や学生の自発的政治行動によって、動員デモにとどまる労組の政治闘争の質をも向上させよう、というのであった」p.23

それに組織的技術的対処ダメ(そこで総評・社会党間でも意見対立アリ)、問題は
反戦青年委の運動が社会党・総評の運動体質をどう改革するか」p.17

 

三から。日本共産党の超合法主義・適法主義の問題。多くの大衆運動との対立ふまえ。

「「反革命勢力」の規制やとりしまりを政府・自民党・警察に要求するのを「当然のこと」とする」考え方、これには「みずから反革命勢力と対決したたかうのではなく、政府と警察にその処置をすべてまかせ、自分は現在の支配体制・その法と秩序を厳守して、ひたすら合法的存立を志向する党の根本態度が、みごとに表明」p.31

また官憲による弾圧を無視する、「階級的道徳」無視の労農派への片山潜による弾劾(労農派批判が正しかったか否かは別として、とは)も参照されている。

あとこのへんも気になった>

「最近における「正当防衛権」の強調は、権力や警察にたいしてのものでなく、警察や裁判所とたたかっている「トロツキスト暴力集団」にたいするものであり、このために当局から逆に、そのような党の正統防衛権は法的根拠がないから、警察や法の正当な保護にまかせるべきだと、親切な忠告をうけるしまつである。(秋山純一「日共の『学内武闘』の実態と『正当防衛』論批判」)。」p.34

 

五の(C)太田竜『日本革命の根本問題』について。「占拠」という視座から1967羽田以後「革命前的情勢」と。それに対し問題点2つ述べている。

「現在、占拠という闘争形態が「普遍的なものに深化する」ような状況にすでになっているかどうか」、それと「「占拠」というそれ自体としては閉鎖的静的手段が、他の動的解放的闘争手段の併用なしに普遍化しうるものかどうか」p.52