mao1938’s diary

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『日本労働運動史』(小山弘健)

☆小山弘健『日本労働運動史 抵抗と解放のたたかい』(社会新報/1968)

日本資本主義勃興期から1960年代までの簡潔な通史。日本の労働運動の通史久しぶりに読んだ。

「本書の戦前の部分は、以前ある大きな労働組合が編さんしたその組合史(戦前編)の序論として書下ろしたのが、事情によって収録されないことに手もとにそのままのこしておいた一〇〇枚あまりの原稿が、もとになっている。また戦後の部分は、雑誌『若い仲間』に一九六七年一~九月号にわたって連載した一五〇枚ばかりの原稿が、もとになっている(ちなみに、青年たちに有益なこの雑誌が、最近休刊になったことは、かえすがえすも残念だ)。」(「まえがき」部分)

で、文章を池上徳三がまとめてくれた、と。

軍事的封建的帝国主義論的前提や戦前戦後それぞれの労働運動運動規定する政治経済的特質(下部構造の前資本主義的特質残存・上部構造の「絶対主義」天皇制の両面からのゆがみ、第二次大戦後は資本主義そのものの二重構造)、”階級運動の根本的な理念”p.91=統一と連帯問題などなど。

 

以下印象に残った点引用、メモ。

天皇制権力により、労働者が全国民層を代表して民主主義勝ち取らねば云々。

「欧米の組合の場合では、まず労働者の日常的な生活を擁護する機関としてつくられ、徐々に発展するうちに、階級闘争の学校として成長してきた。しかし、日本では、まず闘争の必要から組合がつくられ、また闘争の結果として組織的に確立される、というコースをすすんできた。したがって日本においては、なによりも、組合はストライキのための機関であったから、大衆の日常的な生活改善の組織としての基礎を、充分に固めていくことがむずかしく、また、時間的にもそのゆとりがなかったのである」p.34-35

 

”昭和”期軍部の台頭、既成ブルジョア政党との抗争

「軍事行動の論理は、それが一度火がついたあとは、それじしんで燎原の火のように拡大していく必然性をはらんでいる」p.69

 

戦争について。あいつぐ近代日本の戦争は

「植民地圏を拡大させ、ふるい経済関係や社会構造の温存を可能にすることによって、天皇制権力を強化させた。それと一しょに、資本主義の早熟な外部への発展をひらくことによって、天皇制権力は歴史の発展にみずからを適応させることができた」p.83-84

 

大戦後講和問題、左社の歩みは戦闘的”日本型社民”のスプリングボードと。また、

「ぐるみ闘争や平和経済プラン闘争など、創意に富んだ方式を提起した高野実の指導は、労働組合運動を、せまい企業内闘争や民族闘争と積極的に結合させることによって、たしかに歴史的な功績をあげた。だがその半面では、このため、労働組合運動が職場や経済闘争の足場からうき上がり、その本来の独自的性格をうすめて、全体の国民運動に埋没していくかのような弱点をうきだたせた」p.158

高野=完全に日本型社民というのではなく、”日本型社民”の評価の難しさ(私は整理できていない)、またたしか『日本の社会民主主義』で清水慎三が述べたスプリングボードという、戦後世界に規定された”仕掛け”という表現に注意したいなと。