mao1938’s diary

徒然なるままに・・・(略)・・・あれこれ述べる。Twitterは@mao1938

国鉄分割民営化関係

最近は鉄道、交通関係(まったく知らない)の本や”合理化”問題意識して労働運動関係読みはじめかけている。そこで少し前に読んだ国鉄関係本紹介。国労関係者の立場からの歴史・総括は読んでいないので今後時間があれば読みたい。

 

☆杉田明『臨調国鉄攻撃と労働者階級』(国鉄問題研究会/1983)

便利。”分割民営化”の背景・進展に加えて動労千葉史もセット(Ⅱ部)。私が読んだ順番は鎌倉⇒杉田⇒中野だったが、3冊読むならこの本最初が個人的おすすめ。とくに「現場協議によって取り決められ、永年有効に機能してきたさまざまな協定・慣行が、あらたな協議も経ずに一方的に破棄され、組合が応じなければ業務命令、なお従わなければ懲戒処分、というやり方が一貫してとられてきた」p.50-51過程。国鉄の現場がそれぞれ獲得してきた慣行が”現場が勝手に決めた”として「ヤミ協定、悪慣行」と叩かれ、国鉄当局もぶち壊す様子は、「国鉄分割民営化」が労働者の長年蓄積してきたものを破壊する攻撃でもあったと再確認。現場ごとに違う条件で労働者がどのような労働生活、団結つくってきたのかは調べてみたい。ちなみに研修部門の順法闘争「いろいろな機器をあれもおかしい、これもおかしいといって全部バラシて修理したり、出区点検も徹底的に時間をかけて入念にやる」p.306は読んでいて楽しい。細かい点では”上から”の臨調報告やら答申をうけての緊急措置だか対策で国鉄職員と市町村議員の兼職禁止が通達、それにあてはまる議員は社会、共産、自民でそれぞれ291、84、2人というのは印象的だった(わかりやすい解説あった)。あと国鉄バッシングについて中曽根が「ジャーナリズムがこれほど真剣に支援してくれたことは明治以来ない」と軽井沢セミナーで語ったことも忘れてはならないだろう。

 

以下いくつか引用。

公共性と企業性問題、戦後革命や高度経済成長期など戦後史のなかでも考える必要。

「通常業務とは無関係なところで巨額化し、かつ急増しおている支出が、国鉄財政を破壊するきわめて重要な要因になっている」p.142

公共企業体国鉄とは、・・・・・・一方では公共性の名において、国鉄労働者の労働基本権を破壊し、組合を圧殺・解体し、他方では企業性の名において、国鉄に独立採算制を強制し、国の財政援助なしに、国鉄労働者への徹底的な搾取・労働強化(と国民大衆からの収奪)をもって、国鉄国鉄労働者を日本帝国主義の戦後的復活と朝鮮侵略戦争のために全面動員するものであった」p.179

動労動労千葉に関蓮して。

「実際、国労、機労の区別なく、千葉の国鉄職場には、六〇年代までほとんど労働運動といえるものはなく、当局が絶対的権力を握り、組合はその言うなりになり、組合の役職につくことは役職につくことは、職制への出世のステップでしかないという状況が続いていたのである」p.303

動労青年部設置(1961)は内部変革の重要な出発点と。60年前後の青年労働者のエネルギーは社会党史とかでも重視されるし60年代後半の青年労働者と比較するのとかは面白いかもしれない。それと政治闘争との関係。

反戦闘争でつちかった質を職場に還元させることによって、戦闘的青年労働者のたたかいは職場にも急速に定着し、同時並行的に、ほとんど無権利状況におかれていた職場から独自の職場闘争を組織していったのである」p.304-305

「あらゆる労働運動の歴史が教えているが、動労千葉においても、この反戦・政治闘争への積極的関わりのなかに、組合総体の戦闘化を実現してゆく動力があったのだ」p.305

60年代後半には千葉、春闘でバリスト。

「当時は大学でのバリケード闘争がまだ盛んだったこともあるが、権力の包囲化で、青年労働者はごく自然にバリケードストに突入していった。現場の労働者にとって、それはけっして特別のたたかいではなく、みずからの職場と組合を国家権力の暴力から実力で守った当たり前のたたかいであったにすぎない」p.317

これは深い含意を読むとるべきでは(私がノートにここだけとっていて文脈を覚えていないだけだが)。かつての国鉄”職場放棄”闘争とか考える必要ある。

 

補・「この時期、「これは」と思ったのは、臨調本(『臨調国鉄攻撃と労働者階級』)くらいだ。」とでてきた。

 

 

鎌倉孝夫『「国鉄改革」を撃つ』(緑風出版/1986)

”民活路線”登場の背景、”私的”諮問行政の突出、煽られる危機や”破綻している”なる言説の前提はどうなんだよという点などわかりやすい。「日本国鉄は、すぐれた労働生産性、そして低い人件費という経営的には優秀なパフォーマンスを示しており、西欧以上に経営上有利であることは疑いないにもかかわらず、異常な赤字、債務を出しているのである」p.150重要。後半は公共性論。ここは宇野派の国家論とも関係すると思う。ちなみに宇野批判ー”公共性”の評価をめぐってはこんな本がある(国家論中心だから宇野「経済学」批判の内容はかなり簡略化されているので、さらぎ徳二の『宇野経済学体系の批判』を先によむといいかもしれない。31テーゼ評価ー日本資本主義論もあり、文章もわかりやすかった。そして具体的に何を説明するのかが明確。)。

以下引用。臨調の考え。

国鉄経営の赤字は、「公共性の観点」が強すぎ、「企業性」が「欠如」していることにあり、しかも「公共性」の最大の問題は「親方日の丸」意識の下で労務管理の不徹底、経営者の企業意識・責任感の喪失と職場規律の乱れにあるとしている。ということになれば、私企業として採算をとれる分野・領域に集約し、徹底的に労務管理・合理化を強める以外にない。したがって不採算分野・領域は当然切り捨てということになる。まさに私企業原理、すなわち利潤原理を基準とした”公共”輸送機関としての国鉄解体論であった」p.133

 

 

☆中野洋『俺たちは鉄路に生きる』(社会評論社/1986)

読みやすい&動労千葉のグラビアもたくさんあるのがよい。以下印象に残った点。

労働者へのバッシングに関連して。

「(ストライキちゃんとやっているのは我々くらい、で)新幹線総局、東京西局と千葉局の三つだけが黒字なのです。それとも、われわれの働き度がそんなにずばぬけていいということなのか。そんなこともないでしょう。つまりそんなことは関係ないのです。働き度が悪いとか、タルミが赤字の原因などという宣伝がいかにペテンであるかは、千葉局の例からでもわかる」p.22

「マスコミが大量のデマ宣伝をまことしやかに繰り返すと、「そう言えば、駅に立っていた奴は、お客に切符をもたせたままハサミを入れていた」などと言われだすのです」p22

単純にわからないんだがこれは自動改札ができる前の一般的な切符での乗り降りでのことか。普通に”もたせたまま”で大丈夫じゃね?と違和感は感じない(想像)。

動労千葉ストライキに、とくに協会派の激しい批判の一方、

「日共の場合、なぜ動労千葉ストライキを非難しないのか不審に思ったのですが、その理由が判明しました。半年ほど後の当局の処分発表でわかったのですが、同じ十一月二十九日に、全動労が七名ほどで”全国統一ストライキ”をやっていたんです」p.93

これははじめて知った。この本では国労なんか激しく批判されているが同時にともにたたかうことをよびかけており、また実際行動でもあれこれあり、陶山健一が”反戦”をあとにつづく人がでるようにしていこうみたいなことを『反戦派労働運動』に書いていたのを思い出す。

現在の攻撃、マル生と違って当局による組合分裂攻撃、公然とは来ない。

「なぜか?こういう攻撃をうけると、労働組合の側はかえってガッチリとかたまって先鋭化するものです。これがマル生からえた当局側の教訓にほかなりません。この場合、組合を切り崩すことができても、その根っこは残る」だから今回「職場規律を中心に執拗に攻撃」特徴。一人ひとりに「誇りや人間性を徹底的にたたきつぶすやり方」p.170。で、分裂攻撃は動労革マルが。

職場秩序について。先に杉田本から引用したように”慣行”壊され国労は職場集会さえ厳しい状態に。このあたりは杉田本に詳しかったと思う。

「一月に郡山で国労の組合員三人が首にされた。六十人の職場で三十人が処分された。理由は管理者に暴言をはいたとされてますが、こんなことで処分されるなら勝浦あたりは口が荒いから、みんなやられますよ」p.214

「千葉の職場で「フザケルナ」とか「この野郎」と言っただけで処分されることになれば、いったい何人首切られるかわからないほどです。銚子、勝浦、館山などの組合員は、「何だっぺ」とかの”房州ことば”ですから、普段でも口の悪さでは引けをとりません。」「いついかなる時でも、乗務員詰所や、庁舎玄関前や、どこでも組合は公然と職場集会をやっている。青年部はヘルメットにタオルで覆面をして、旗竿を何本も林立させて天真爛漫に活躍している。われわれは拠点から最後まで排除されなかった」p.169。

労働組合とは。

労働組合は現象的には個人の欲望とか、わがままをおさえて全体の利益を追求するのがあり方の原則なんです。私的なことをすてて団結する、いわば小異をすて大同につくみたいにね。そうでなければものすごいエネルギーを発揮することはできない。こうしたなかで意識の変革が起こり階級的自覚が生まれるわけです。動労みたいに「手前だけ」を方針化すれば組合員どうしがあらそい、ささくれだった状況をひきおこし、団結がこわれていく。これでは組合は分裂し結局は、資本の利益が貫徹することになり、さいごに損するのは個々の組合員ということになりますね。」p.191。