mao1938’s diary

徒然なるままに・・・(略)・・・あれこれ述べる。Twitterは@mao1938

読書メモ(軍事理論)

外出先なので忘れないようにメモ。小山本も記録していた読書ノートは持っててよかった。
○清水多吉『『戦争論』入門 クラウゼヴィッツに学ぶ戦略・戦術・兵站』(中央公論新社/2017)を読んだ。わかりやすかった(小並感。あとクラウゼヴィッツの「肩書き」や「イエナ橋」に関するエピソードは時代背景を強く印象付けた。また著者に指摘されていた毛沢東との、民衆・民兵への視座・位置づけの違いは私なりにとらえ返してみたい(私は俗流毛沢東主義者じみたことをよく考えていたので毛の遊撃戦争論を直接に政治的現象にアテハメる傾向があったのではないかと反省している)。

○重要概念の、具体例つかっての(クラウゼヴィッツもそうなのかもしれんが)簡潔な解説は『戦争論』読んでいく手引きにしたい。
あと戦争論内容解説読んでから小山弘健の、
クラウゼヴィッツが対象としたフランス革命ナポレオン戦争は、旧体制の変革にもとづく近代国民戦争のいわば原型であり、ブルジョア民主主義の確立に対応するナショナリズム確立のための対外的軍事的表現であった。かれの思想は、前期的なアブソリューティズム(絶対王政)の時代の戦争との歴史的性質のちがいを直接に反映しており、体験と省察による両戦争形態の対比のなかから、戦争の全体としての本質的規定と戦争行為における諸要素・諸範ちゅうの内部的連関性とを追求し、はじめてこれを体系的に組みあげることに成功したのである。」(『戦前日本マルクス主義と軍事科学』p174)
に改めてなるほどーと感じた。三篇クラウゼヴィッツ受容史のドイツ形成と諸国の関係、日本の山県云々はなんとなくきれいな記述だなあと思った。
次は『戦争論』読みたい。

○「あとがき」によれば馬込健之助=淡徳三郎訳(1933)では「当時の時局に阿ってか、意図した誤訳を平気で行っている」と。ある問題のところで「名誉の終焉をとげて、もって後世に名を垂れんのみ」。淡徳三郎、著書『アルジェリア革命』(1972)の著者紹介だと1935年にフランス亡命とあるがWikipediaで「1935年、皆川治広の開設した思想犯保護団体大孝塾の特派員としてフランスに渡る。」というのは気になった。

あといくつか思ったこと
○受容史のところで時代すすみ、ソ連トハチェフスキー事件、ドイツのフリッチュ事件、ブロンベルク罷免事件の「「軍」の論理が「政治」の論理に押し潰される事件、それでいて、その「政治」は来るべき大きな「戦争」に引きずられることになる事件」p246-247→崩壊、これらも「ファシズムという政治体制が手段としての戦争によって補強されるという、逆説的ながら、クラウゼヴィッツの主張の正しかったことが証明」p86。今は伝統的市民社会からの、社会主義ファシズムは崩壊、大衆社会の道残る→クラウゼヴィッツの見出したリードする政治は敵対者さえも納得させる普遍性(社会が変貌するにせよ)、だと。

他方で小山弘健は前に引用した本で、クラウゼヴィッツが戦争指導の理論の広義「闘争に備えるための活動」と狭義「闘争そのもの」のうち、前者を排除して理論構築した、と(たぶんエンゲルス「広義兵学」の視点)。ちなみにうまい表現がみつからないが小山はそこで、それをもって叩くのではなく、クラウゼヴィッツ理論の対象把握の"時代のなかでの妥当性"は述べていた。で、時代が進むにつれ、第一次世界大戦の総動員方式、第二次世界大戦の総力戦方式と広義狭義の区別が社会の事実において不明確になると(あれこれの軍事思想、ルーデンドルフによる区別全否定にいたる、はそれを反映かな。小山『軍事思想の研究』メモは今手元になく残念)。
「技術兵器の新体系が現われ、後方と前線の区別、戦闘員と非戦闘員の区別、軍需物資と民生用物資の区別など、総動員型の方式でなお残されていた区別は、総力戦の展開のなかで次第に実質的になくなっていった。国土全体の戦場化と人的物的資源の全戦力化が要請され、実現されたのである。」p181
その後核兵器・核戦争の可能性にてもはや政治ー戦争ー政治のサイクルが成立せず、概念的抽象どころか直接に現実的な絶対戦争とか「本質概念」の修正要求が現実からなされている、というようなことが述べられていた。たしか『革命運動の虚像と実像』での統一戦線論はこうした状況を強く意識していたと思う。
(注意、このへんはとてもうろ覚え)

○そういえば『プロレタリア兵学教程』(渡辺正之・坂本聡三)では
クラウゼヴィッツ理論の帝国主義段階のイデオロギー的歪曲の流れはナチス→戦後米帝をたどり、キッシンジャーでは、全面戦争=総力戦不可で多種多様の戦争の時代把握(クラウゼヴィッツ回帰)。ベトナム人民の攻勢をとどめるのに中ソのスターリン主義的一国主義的状態(それに応じた政治)の利用。


→小山の独自性は「普遍性」の部分に社会主義の位置がはっきりとしていたところがあるのか?
→小山弘健の歩みは興味ある。初期の軍事技術論などがどう影響しているのか、とか(なんか調べている人いそう)。
→国家独占資本主義論や構造改革論との関係(例えば前に読んだ本で示された認識との)、構改論争は国独資評価と密接。「政治」と「経済」まとめて一元的にとらえる系というかまとめて「複合体」、その実政治主義に走る傾向(構造改革派ゆえの客観的分析欠如の「主観」主義や新左翼プチブル急進派)との関連。もちろん軍事理論における社会体制評価と資本主義把握の社会体制は別。私は最近日本の戦後政治過程の本読んであれこれ考えていたら知らず知らず混同していたので反省。軍事技術リード説批判とも関係かな。戦争経済のブハーリンとかトロツキーが社会組織に軍事的あり方導入志向とかも。

 

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