mao1938’s diary

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『社会的左翼の可能性』(清水慎三・花崎皋平)

『社会的左翼の可能性 労働運動と住民運動』(清水慎三・花崎皋平/新地平社/1985)のメモ・感想

〇2人の対談が中心
「大衆的条件がありながら組織的にも政治的にも陥没地帯になっている広大な社会的
諸領域にアプローチしていく方途の模索と試行錯誤にのり出すほうを優先させたい。そして労働現場と地域生活現場を二つの柱とした日本社会諸領域における反差別・人権と生活権の確立・社会的公正の自主決定をめざす人民連帯活動の創造的キャンペーンに期待をかけたい。本書ではこうした運動体の総体を「社会的左翼」の形成と名付けたのである」清水p12
「労働運動と住民運動・地域運動とが、どう内面的にむすびつきあうか」花崎p38

この論点は古くて新しい問題と同時に渡辺治

「「基軸」(階級矛盾が鋭く現れる資本-労働の場)において階級対抗というかたちで顕在化することを抑止された矛盾は、どういうかたちででてきているかというと、主として一見それとは無関係な社会の「周辺」部における矛盾の爆発というかたちで起こっている」(『現代日本の支配構造分析-基軸と周辺-』(1988)花伝社p64)なんかと共鳴すると思う。
やはり双方とも日本型企業社会、70年代後半以降の「保守化」のシステムを重視していた。対談で言及されていたが毎日新聞の「複合支持の時代」という連載記事によれば1978年が「保守元年」らしい。
 ちなみに私はいわゆる「外山史観」を分析するのにこれらの視点が役立つと考えている(だからどうしたと思われるかもしれないが真面目に)。

 

 対談では、シングルイシュー問題・企業社会のりこえのための企業の枠を超えた横断的単位をいかに構成するか、その課題がパート労働者や女性労働者の問題や新技術導入とどう結びつくか(高木仁三郎の見解紹介は興味深い)・企業の枠を超えるのは大事だが「組合機能を持たない労働者集団」p115じゃないように交渉力の確保はいかに・政党と労組の二本立ての限界・文化運動・労働現場思想・革命と改良の全共闘世代経験の現場の違い......など大雑把な列挙になってしまうが、使われている素材の古さを考えても現代理解の補助線になるのでは。ただ私は花崎氏の発言は個別発言等はともかく総体的にはよくわからなかった。『生きる場の哲学』は読んでみようかと思う。それから清水慎三『日本の社会民主主義』(1961)で述べられていた「行動的基幹部隊」や「大衆的前衛政党」と80年代の本書で語られる中衛など比較するのも面白いだろう。

 

〇その他興味をもった点
(1)アウトノミア運動?と実践
1章花崎「新しい生き方を求めて」で紹介されていた富山からの、市民団体「遊学塾」と日本カーバイト工業の左翼分裂少数派組合の活動家集団協同提言で社会的工場に対応した社会的労働者の社会的労働運動云々。どのような取り組みの中でこういう提議が出てきたのか。
(2)地域と労働運動
地域運動の持続性のためには、に関連して
「総評には限らないですが、各地域に地区労とか府県組織がありますよね。全民労協時代になった今では府県組織の方はその多くがもう無理でしょうが、地区労レベルではまだまだ運動や組織が生き残っており、活性力も持っている地域があります」清水p60
55年体制の残っているところの方が、横につなぎ易いし大衆運動としての広がりをつくり出せるのですね。五五年体制を表側の自民・社会両党の取引の場としてだけではなく、その裏側に残していたこの大事な点を見もしないで・・・軽く片付けているようなことでは、大衆運動家としての資格が疑われます」清水p64
この辺は難しいけど『レフト 左翼労働運動の総括と展望』(大庭伸介)での地方視点からの総評総括や労戦統一との闘い部分が参考になるだろう。

(3)ゼネラル・ユニオン
清水晋三は様々な要因から不発に終わってしまったが民間先行の労戦統一に対して、単なる右だから反対じゃなくて、体制側の長年形成してきた企業社会の整備に対抗するのであるから「対抗拠点として異質の組織理念に立った自立型労働組合(ゼネラル・ユニオン)」p66提唱。主体は電産や全造船、全国金属の大企業少数派を念頭にしていたと。
画一的に型におしこんじゃいかんが
「職業別だろうが産業別あるいは地域別だろうが、企業の枠を越えて自立した労働者個人の集合体であり、それは労働組合の機能を持つ方向に積上げ方式で努力すると同時に(ということは組合機能のすべてをはじめから経営者なり当局が認めてくれて成り立っているような組合でなく)、従来の組合業務の枠をも超えた社会運動体的な機能をも持つ可能性をはじめからそなえたもの」清水p118-119と。
あと「要は、旧来の労組の枠を越えた社会的運動体に中身を変えていくと同時に、従来の労働組合機能をも保持すること―具体的には労組法にのっかることのできる社会運動体をどういうプロセスでつくっていくのか」清水p126。
同一労組内での少数派と下請け含んだりする少数派「別組合」のハードル問題など重要。他に「通称」清水委員会のこととか。
(4)「近代の超克」について
IMFGATT体制崩壊オイルショックで戦後の高度経済成長の終焉、日本の「公害先進国」、恐怖の均衡の時代に論壇の中心テーマになったが日本企業が乗り切って70年代後半にはそんな論点消えていった云々(清水p220-221)。
「終焉」はたくさん語られてきたが資本主義は強いなと改めて感じた。

 

 

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